“癒されたい”に違和感。

c0134727_23561951.jpg

ハナの舐め壊しも落ち着いてきました。相変わらず、ハナとざらめさんはたまに
やりあっていますが、まぁ、許容範囲内。最近では、ざらめさんがハナに「ちょっと
頭舐めてくださいね」と甘えに行ったりしているので、共同生活も安定してきました。





さて、このところ、ずっとずっと違和感に感じていたことをちょっと書いてみたいと
思います。

どうも世の中は、猫ブームらしく、テレビなどではやたらに『猫特集』を放映して
います。私もメディア系の仕事をしているのですが……、ミーティングなどでも
「猫を掲載すると売れるよね」なんて企画で出す人もいます。

この”ブーム”っていうのもちょっと違和感なのですが、そのブームの理由分析
がなんだかしっくりこないのです。
そう「猫は癒しの存在」、「猫は癒される」、「癒されたいから猫を飼いたい」って
コメントです。
いや、きっと私が偏屈なんですけどね……。
私は、最初から「猫に癒されたい~!」って思って、猫と暮らしたことはありません。
結果的に癒されてしまうこともあるし、癒されるどころか自然の摂理やら、ものの
道理ってものをなんでもない顔をして教えてくれる猫ってすげーな、と思う感じです。

結果的に癒されてしまう、と書きましたが、目指したいというか、できれば
「猫を癒してあげたい」「この子が快適でいられるように共存していきたい」
と思っているのです。
私にとって猫は家族のような存在ですから、私だけが癒されたいと思うのは何だか
おかしい話だと思うのです。例えば、子供や両親と接していて、「癒されるわ~」
とは思いません。逆に、「快適にしてあげたい」「楽しんでくれたかな」「おいしいと
思ってくれたかな」と思うじゃないですか。それと同じ。

でも、テレビではやたら「猫に癒されたい」と連呼する。
それを聞くたびに、「ええええ?? 癒されたいじゃなくて、癒してあげたいって思う
よ~!」とつっこみたくなってしまうのでした。
まぁ、そう思いながらも、猫の大きな肉球の中で、孫悟空のように泳がされている
だけなのかもしれませんが……^^;

でも、「癒されたい~!」って思いだけだと、猫は答えてくれないことも多いわけで。
さらに、年齢を重ねたり、病気になれば、癒されるどころかこっちが必死になって
「少しでも快適」を探してあげなくちゃいけない。
なんか今の「猫に癒されたい~」ブームって、のちのち、不幸な猫を増やすことに
なるんじゃないかとちょっと心配になっちゃったりするのでした。

そんな憤りを感じながら、電車に乗っていたら、オリンパスの岩合光昭さんの
ポスターが目に入りました。
あくびをしているライオンの写真とともに、「向き合ういのちに失礼のないように」
というコピー。
何だか涙が出そうになりました。
猫で稼いでいるなんて言われちゃうこともありますが、岩合さん自身の動物への
スタンスには、動物に対する配慮というかリスペクトがあるんですよね。
「癒されたい~」には人間のエゴを感じちゃうけど……、
「向き合ういのちに失礼のないように」、私も猫と暮らし、他の動物とも接していき
たいなぁ、と思うのでした。
c0134727_0281875.jpg


ざらめさん、私はきちんと君らと向き合えていますかね?
ダメだったらバシバシ鍛えてくださいませな。
by boochikurin | 2015-12-18 00:30 | ざらめ